9月24日16時0分配信 毎日新聞
◇本格介護が必要になれば退去
「認知症の発症は、ある日突然にやって来ます」と宮崎市高岡町のケアハウス「シャトル」の生活相談員、三島英(たけし)さん(39)は経験を語る。
いつもにこやかな入居者の女性が、朝食を取るため食堂に現れた。
しかし何かが変だ。
三島さんは「お早うございます」と声をかけたが、女性に無視された。普段はゆっくり食事をする人だが、その日は動物が餌をかき込むかのようにガツガツとご飯だけを食べた。おかずには全く手をつけなかった。ご飯がなくなると、女性は無言のまま、すたすたと食堂を出て行った。
三島さんの中に暗い予感がわき上がった。認知症の始まりだった。
昨日まで何事もなかったのに、今日ひょう変する。ある男性は突然、タクシーを呼び出し「今からここを出て行く」「銀行の金を全額下ろして来る」「家族に会って文句を言ってやる」などと怒りを爆発させた。興奮し、支離滅裂なことを叫び始めた。これも認知症の発症だった。落ち着かせるため、三島さんはそれから何時間も男性の話の聞き役を務めた。職員がなだめれば、いったんは落ち着く人もいるが、何度も興奮状態を繰り返すうちに、手の打ちようがなくなってくる。
突然の破局は認知症の発症だけではない。骨折もそうだ。廊下や階段などで転倒するだけで高齢者は骨折しやすい。太ももの骨を折ると、そのまま歩けなくなる恐れがある。わずか1週間でも、動けずにベッドの上にいるだけで、足の筋肉が落ちてしまうのである。
三島さんたちは施設内で入居者がころばないように目を光らせている。特に雨の日は注意を集中させる。単なる気休めではない。日ごろから職員が意識を集中し、細かく注意していれば、入居者も「分かった、分かった。気を付けるよ」と受け止め、自然と注意を払うようになるという。
特養ホームで勤務した経験のある三島さんの言葉を以前、この連載で紹介した。「特養の仕事が介護なら、ケアハウスの仕事はホテル業に近いかもしれません」と。
確かに純粋なホテルなら、他の宿泊客に迷惑をかける客には引き取ってもらえば済むかも知れない。だが独り身の高齢者を預かるケアハウスの場合、簡単に退去を迫るわけにはいかない。
このケアハウスは、入居する際に身元保証人をつけてもらう。親族がいれば、必ず1人には身元保証人になってもらう。認知症が重くなり、入居者本人に今後の判断ができなくなった場合に備えるためだ。職員は、身元保証人を交えて善後策を話し合う。
ただし現実には、本格的な介護が必要になった人に「自宅へ戻る」という選択肢はない。その人の症状や家族の希望を検討し、ベッドに空きのある介護施設を紹介することになる。認知症患者が少人数で暮らす「グループホーム」になるか、介護度の比較的低い人たち向けの「老人保健施設」になるか、介護度の重い人が入る「特別養護老人ホーム」になるか--。いずれもこの連載でこれまで紹介してきた施設である。【大島透】