「介護老人施設でハモニカを吹いてます。毎月1回、皆さんと楽しくやっています」。1通の手紙が今月、立川支局に届いた。見覚えのある差出人の名前は今年1月、「笑顔つないで」に写真を送ってくれた武蔵村山市中藤の秦野忠男さん(69)。脳腫瘍(しゅよう)の治療による副作用で引きつった笑顔が、痛々しくて印象に残っていた。あの秦野さんが元気になって、ハーモニカを吹いているという。笑顔に会いにいった。
今月15日。同市三ツ藤の介護老人保健施設「アルカディア」で行われた秦野さんの演奏会には、車いすの入所者ら25人が集まった。
「ふるさと」「花」「みかんの花咲く丘」など、なじみ深い曲に合わせ、入所者らが歌う。合間には、秦野さんが歌にまつわる自分の思い出を話す場面もあり、会場は温かい雰囲気に包まれていた。
演奏会が終わり、前の方でボロボロと涙を流していた男性を見つけると、秦野さんも「ありがとう、ありがとう」と言いながら泣いていた。
ハンドバッグ職人だった秦野さんは、シルバー人材センターの紹介で5年前から同施設に通うようになった。写真が得意で、同施設のイベントではいつもカメラマンを務めた。長女の則子さん(41)は「人を楽しませるのが好きな人」と語る。
活発に活動する秦野さんにがんが見つかったのは昨年10月。肺がんが、脳と背骨に転移していた。11月に2週間入院した後は、自宅療養。通院による放射線治療で脳の腫瘍は次第に小さくなり、年明けには出歩けるようになった。その時の初詣での様子が、則子さんが撮影した「笑顔つないで」の写真だった。
徐々に体調が回復してきた今年4月、秦野さんはハーモニカ演奏を同施設に申し出た。部屋を片付けていたら、かつて1、2年吹いていたハーモニカが見つかったからという、ふとしたきっかけだった。
しかし、演奏は秦野さんに想像以上の生きがいをもたらした。「ハーモニカに合わせて、みなさんが歌っている姿を見ると感動する。帰宅するとすぐに、次は何を吹こうか、と覇気がわいてくる」と秦野さん。
とはいえ、病気は徐々に進行している。肺と背骨のがんは肥大しており、腰痛を痛み止めで抑えている毎日。先月は転倒により、つえが手放せなくなった。それでも、則子さんは思う。「父はしんどいだろうが、施設から元気をもらっている。同じ立場で苦しんでいらっしゃる方々が、父を見て、希望を持ってくれればうれしい」
(2009年9月30日 読売新聞)