はがき随筆:4月度 月間賞に野崎さん 佳作は井手田さん、高山さん /宮崎

4月と言えば行く春を惜しむ候と決まっていたものですが、今年はご存知のように春を飛び越して夏が来、冬に逆戻りをしたような寒さになり、またすぐに夏の暑さに悲鳴をあげる異常気象の連続でした。そのせいか季節の移ろいや花などに触れた作品がきわめてわずかでした。父や母や子たちの家族の思い出をつづった感傷的な作品が多くなり、とりわけ母の日を意識してか、母を描いた作品に秀作が目立ちました。

 一般に感傷的という言葉は最近ではあまりよい意味では用いませんが、私は文学の根底には必ず感傷や哀傷がなければならない大切なものだと思っています。例えば「源氏物語」は「あはれ」の文学であるという評価は常識ですが、胸の奥底からこみ上げてくる悲哀の感情をあはれというので、私たち日本人には深くなじんだ言葉なのです。問題は感傷におぼれることなく感傷をみつめ、自己の認識を深く意識するところから言葉を発することにあります。その点で、あと一歩なのにと残念な感じを受けた作品が散見されました。

 1次審査に残った作品が17で3次に残った作品が実に13でした。それほど拮抗(きっこう)していたのです。夕方から始めて深夜3時に及ぶ、今まででもっとも長い時間の選考でした。

 さて、月間賞に輝いたのは野崎ミチノさんの「尻もち」でした。年を重ねると一番怖いのは転倒です。頭を打って死に至らずとも、骨折したりすれば寝たきりになりかねません。その恐怖の中でしばらく立ち上がれずにいた時の描写が見事です。ただ「痛みは少しある」という一文は「は」を「が」にするだけで不安感の表現がずいぶん違ってきます。検討してみてください。

 佳作は井手田洋子さん「お釣り」と高山裕美さん「母」です。

 「お釣り」は、息子が僕は男や、おつりなんかいらないと大人をまねて見えをきった話を瀟洒(しょうしゃ)な筆遣いで描いた作品ですが、導入部分でずいぶん損をしています。「小学生のころの次男の話である」と単刀直入に書けば最後の一文の表現も変わっていたはず。

 「母」は自宅介護ができなくなって施設に入所させた母が、けがで寝たきりになった責任と後悔を思う簡潔でかつ美しい文章ですが、最後がそれこそ感傷的すぎてその思いが十分に伝わってこないのが惜しい。

 佳作候補に最後まで残ったのは、俳句で感情を吐露した野田正子さん「雨の夜に思う」▽同居する母を励ます磯平満子さん「大丈夫!」▽昨年10月の月間賞「かなわなかった足への思い」の続編「あのころ」を書いた阿満サイさん▽夫婦の穏やかになってゆく日常を書いた「今日このごろ」の白石光子さんでした。

 興梠英樹(文芸誌「遍歴」同人)

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 野崎さんの月間賞作品を巡るインタビューは、30日(日)午前8時からのMRTのラジオ番組「潤子の素敵に朝!」の中で放送予定です。

 また、MRTのラジオ番組「宮崎ほっとタイム」(月~金曜午前10時10分から5分間)で、はがき随筆の作品を女性アナウンサーが朗読しています。掲載作から週に3、4本が選ばれ、放送されます。ご期待下さい。

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 ■月間賞作品

 ◇尻もち--宮崎市清武町・野崎ミチノ(74)
 石段を降りている時、足がツルーッ、ドッシン。「やったぁ」と思った時には尻もちをついていた。石段と並行して流れている小川のせせらぎだけが大きく聞こえ、頭の中は水の落ちる音の世界だった。どのくらいの時が過ぎただろうか。立ち上がるのが怖かった。歩けるかな。頭を打っていたら、と考えると、冷や汗ものだった。ゆっくり、ゆっくり立ち上がった。痛みは少しある。帰って薬をつけ、直立不動の姿勢でベッドにもぐり込んだ。いろいろ考えても仕方がないか。このくらいで済んだから良かった。もう年のせいかな、と一人苦笑い。

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