1989年10月以降、報道などにより把握できた全国の祭りの死亡事故は20都府県で60件61人。事故の状況を見てみると、みこしや山車(だし)に頭を挟まれるケースが多い。祭りで人が死亡した場合、誰が責任をとるのだろうか。
[産経新聞
重過失致死で有罪判決
三重県東員(とういん)町の猪名部(いなべ)神社の上げ馬神事は、土壁を馬に登らせ作柄を占う伝統行事。4月3日、馬場を走っていた馬が転倒死し、16歳の男子高校生が落馬した。
いなべ署によると高校生にけがはなかったが、わが国では毎年のように祭りの最中に死亡事故が起きている。今年は特に、数えで7年に1度行われる長野県の御柱(おんばしら)祭で2件あり3人が死亡した。
平成元年10月以降、報道などにより把握できた全国の祭りの死亡事故は20都府県で60件61人。けんか祭りの盛んな愛媛県の10件をはじめ「岸和田だんじり祭」などがある大阪府の8件、静岡県の7件、兵庫県の6件が多い。東日本の7都県17件に対し西日本は13府県43件。男性は54人で内訳は祭りの参加者48人、見物客6人。女性は7人で全員が見物客だった。
事故の状況をみると、屋台やだんじり(地車、団車)と呼ばれる車輪のついた山車(だし)が激しくぶつかり合う中で、みこしや山車に頭などを挟まれ死亡した例が20件と全体の3分の1を占めた。山車の下敷きになった例が14件、ひかれた例が9件。ほかに馬追いの練習中に馬がけった竹が胸に刺さり死亡した人や、暴れ馬にけられ心臓破裂で亡くなった人、納涼祭の早食い競争で菓子のタルトをのどに詰まらせ死亡した人もいた。
刑事責任は問われるのか。関係者が重過失致死容疑で書類送検され、不起訴や起訴猶予となったケースがあるほか、13年に石川県七尾市の「石崎奉燈祭」を見物中の22歳女性が奉燈と民家の壁に挟まれ死亡した事故では、運行責任者が同罪で在宅起訴され、金沢地裁が禁固2年・執行猶予4年を言い渡した。
民事責任はどうか。愛媛県新居浜市で6年、日本三大けんか祭りの1つ「新居浜太鼓祭り」で48歳の工員男性が死亡し、妻が自治会を相手取り3500万円の損害賠償を求めて提訴した。松山地裁西条支部は1470万円の支払いを命じた。
損保最大手の東京海上日動(東京)によると、祭りへの保険は主に2種類ある。主催者が自治会の場合は「自治会活動保険」で、祭りを含め自治会が賠償責任を負う対人・対物事故が対象。自治会以外の場合は「施設賠償責任保険」がある。
意味知らず勢いで
三大けんか祭りの1つ、佐賀県伊万里市の「伊万里トンテントン」で18年、高3の男子生徒が重さ551キロのだんじりの下敷きになり死亡した。また22歳男性が脊髄(せきずい)損傷で下肢まひの後遺症を負うなど73人が負傷した。
この祭りは、全国に数あるけんか祭りの中でも危険度が高く、9年にも死者が出た。安全強化を求める抗議が殺到し、市は「心の相談窓口」を開設した。市民団体は「合戦」と呼ばれるみこしとだんじりの激突を廃止するよう求めた。
主催者の「伊万里トンテントン祭奉賛会」は合戦を中止。岡山市の「西大寺・裸祭り」や兵庫県姫路市の「灘のけんか祭り」など死者の出る祭りの主催者を訪ね、安全対策を検討した。
しかし、生徒の遺族から合戦を再開すれば4500万円の損害賠償を求め提訴すると通知された。祭りを担ってきた住民へのアンケートも7割が廃止派だったことから今年2月、廃止を決めた。60年続いた奉賛会は5月18日に解散した。
最後の本部理事長で元薬品卸会社員、副島繁記さん(67)は「残念でたまらんとですけど……」と話し、背景にある社会の変化についてこう述べた。
「祭りは本番だけが祭りではない。準備から長く参加することで、安全意識を含め心構えを身につける。最近は都市化で新住民が多くなり、祭り本来の意味を知らず勢いだけで参加する人が増えた」
奉賛会は保険に加入していたが、生徒と男性は飛び入り参加で保険金の受け取りに必要な事前登録をしていなかった。
民俗学者で盛岡大学の大石泰夫教授(51)は「祭りの当事者たちが格好よさやスリルを追求しても、人が亡くなって、報道されたり訴訟を突きつけられたりしたとき、祭りの意味を問われる。伝統行事も変わっていく」と指摘する。
上げ馬神事も、馬を興奮させるため棒などでたたく行為が「動物虐待」に当たるとして動物愛護団体が刑事告発した。主催者は土壁の高さを2メートルから1.6メートルへ下げ、垂直だった壁に67度から45度の傾斜をつけたという。(徳光一輝)