11月13日16時1分配信 毎日新聞
◇認知症と寝たきり、どちらがましか
「もし神様から『長生きさせてやる代わりに、寝たきりか認知症のどちらかを選べ』と言われたらどちらを選びますか」
これまで取材で出会った介護職員に私はこんな質問を繰り返してきた。
この問いは、介護現場について多くの著作のある三好春樹氏の本に登場する。そして大多数の介護職員は「私は認知症の方がいい」と答える。
宮崎市高岡町の特別養護老人ホーム「裕生園」の甲斐ミツ子介護主任(61)も同じだった。「認知症の方が本人の苦しみは少ないように思えるんです。不安から取り乱したり、異常な行動もあります。しかし子供のように純粋な面もある。笑顔もすばらしい。周囲の対応次第で気持ちを楽にしてあげられる可能性があるんです」。介護職員の努力次第で苦痛が軽減できるから「認知症の方がいい」と言うのである。
ところが寝たきりは事情が違う。介護職員の努力で本人の苦痛を軽減させることは難しい。「体が動かせないため、あちこちが凝ったり痛んだりする。床ずれは防止できても、胎児のように手足を縮める格好に体が固まっていく『拘縮(こうしゅく)』は止められない。寝たきりの苦痛に対する介護の無力さを痛感します。少しでも心地よく過ごしてもらうよう気持ちを慰めるしかありません」
しかし三好春樹氏のこの設問には意外なオチがある。認知症と寝たきりのどちらを選んでも、3年後には結局もう一方の症状が出てきて同じ結果になると言うのだ。
認知症を選んだ場合を考えてみる。認知症老人が、徘徊(はいかい)を始めれば、家族や施設はそれを防ごうとする。施設の外に出られなくなれば次第に足腰は弱る。転倒して大たい骨を折れば筋肉も衰弱し、次第に寝たきりに近づく。アルツハイマー性の認知症の場合、脳の変性によって筋肉への命令ができなくなり、結局は寝たきりになる。
逆に寝たきりを選んだ場合はどうか。終日ベッドから出られないから、じっと天井を見て過ごすしかない。何の変化もない画一的な時間が延々と続くと、脳は刺激を求めて幻覚を見せるようになる。「今」がいつなのか次第に分からなくなってくる。話し相手がいないと、人は独り言を言い始める。こうして結局、寝たきりのまま認知症が進んでいく。
介護現場での職員の努力は、この二つがセットになるのをなるべく遅らせることを目指している。しかし、人が老い、衰えるのは自然の流れだ。いずれにせよ逃げ場はない。【大島透】