「冬はさ、やっぱ怖いよ。なかなか理解してもらえないな、こういうことは」。青森県つがる市の斉藤きぬ江さん(74)は最近、寒さで体が思うように動かない。
10月下旬のある日。午前4時ごろ、トイレに起き、壁伝いに歩いていた。廊下に出る手前で転倒。一人暮らしで、助けを呼べない。壁に足を突っ張ってベッドの脇に手をかけ、体勢を立て直したが、10分かかっ
た。1年前、転倒して腰の骨が折れ、入院したことがよみがえり、不安に覆われた。「この冬を越す自信がない」
この地域は例年、積雪が50センチに達し、最高気温が零下の真冬日も続く。ホームヘルパーに打ち明け、どんな介護サービスを受けるのがいいか、ケアマネジャーと話し合った。現在は「要介護1」で、ヘルパーは週3回、買い物やゴミ出しをしてくれる。冬の間だけ施設に入ることも考えたが、金銭的に難しかった。
結局、冬の間、ポータブルトイレをベッドの近くに置き、ヘルパーの回数を増やすことにした。朝30分ほど、様子見を兼ねてトイレの清掃をしてもらう。理想は毎日だが、ほかに受けているサービスもあり、合計すると、「要介護1」の限度額を少し超える。悩んだが、冬の不安には代えられない。「お金を節約し、その間は自分も頑張らんといかん」。今はそう思っている。
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お年寄りが冬の間だけを過ごす集合住宅が福島県南会津町にある。高齢者生活福祉センター「高夕(たか・ゆう)」。町の条例で設置され、社会福祉法人南会津会が運営している。入居者は町の審査を通った、自立生活している人たちだ。
1人部屋が八つ、2人部屋が一つ。各部屋にキッチンやトイレがあり、必要な物は、週1回来る移動販売車で買える。生活援助員と当直が交代で、24時間態勢で生活を見守る。利用料は一般的な年金暮らしの場合、月額1万円だ。
周囲を山に囲まれた同町は、面積の95%が森林だ。冬は雪に閉ざされ、零下15度になることもある。ここで一人暮らしをする89歳の女性も昨冬、初めて高夕を利用した。
要介護度が最も軽い「要支援1」で、シルバーカーを押して友人の家によく遊びに行くが、雪が降り出すと、「家に閉じこめられる」。夫を亡くし、1人の冬は自分も不安だったが、離れて暮らす子供たちが、より心配した。
南会津町の高齢者のみの世帯は06年度末に1654世帯。07年度に減ったが、08年度末には1749世帯になった。高夕はここ3年ほど、ほぼ満室だ。星朋子所長は「昔から冬は厳しかった。問題は、お年寄りのみの世帯が増えていること」と指摘する。介護保険のデイサービス事業にも携わっており、町の事業である高夕との両方をみて「地域ごとに実情が違い、全国一律の介護保険制度だけでは十分でない」と感じている。
11月初め。女性が住んでいる地域に初雪が降った。ここに暮らして50年以上。寒さが厳しくても、親しい友人が多く、住み慣れた場所だ。高夕があるから、引っ越さなくて済むのがありがたい。「自分でご飯が炊けるうちは、離れたくないと思っているんだよ」
◆取材後記◆
「冬が不安だと聞いたら、その原因は何なのか、じっくり話して理解することから始めないといけない」。あるケアマネジャーの言葉だ。
介護に携わる人の多くは高齢者になった経験も介護された経験もない。だからこそ、相手が求めていることを想像力を働かせながら聞く必要がある。不安の原因は寒さなのか、トイレなのか。体が衰えて気分が落ち込んでいるのかもしれない。
一人ひとりに真剣に向き合う介護現場の人たちの姿が印象に残った。
(青森総局・鈴木友里子)