バランスある規制が国民を守る~特集「医療界・PMDAトップ対談」(1)

1月17日14時14分配信 医療介護CBニュース

 薬害肝炎問題をめぐって、原告団と国や製薬企業との和解や、再発防止のための改善策の検討が進む中、医薬品行政の主要課題は、ドラッグ・ラグの解消から、承認後に市販された医薬品の安全対策へと移ろうとしている。この流れの渦中にあるのが、開発された新しい医薬品、医療機器などを審査・承認して世に送り出し、副作用が起きた場合の情報収集などを行っている独立行政法人・医薬品医療機器総合機構(PMDA)だ。日進月歩の医学・医薬研究開発を、さまざまな制約のある実社会に適応できるよう調和させていくという“橋渡し”役を担っている。そんなPMDAには、ドラッグ・ラグ解消のために審査員を増員するという課題が国から出されているものの、これまで国民から見えにくい存在だったPMDAには、「人手不足で審査員が夜中まで働き通し」「申請しても何か面倒なことを言われる」といったマイナスイメージも流布している。
 こうした中、PMDAと臨床や教育の現場の人材を交流させることで、双方の人材育成と組織活性化を図ろうと、今年度にPMDA理事長に就任した近藤達也氏(元国立国際医療センター病院長)が、大学やナショナルセンターなどのトップと対話を始めた。その中では、臨床研究から医師養成など今の医療界がはらんでいるさまざまな問題にまで話が及んだ。こうした問題に対し、トップは何を感じているのか―。毎週土曜の連載で、6回にわたってお届けする。(熊田梨恵)

【今回の対談者】
国立循環器病センター総長 橋本信夫氏

 近藤氏と橋本氏は同じ脳神経外科領域が専門で、共通の話題も多い。今回は臨床研究の発展を阻害しているシステム的な問題とその解決策のほか、脳外科医の専門性や適正数、PMDAとアカデミックの連携などに話が及んだ。

近藤 橋本先生は世界的な脳神経外科領域のトップリーダーとして長く活躍しておられます。Scoville賞【編注】を世界脳神経外科学会から贈られたり、海外からは「Master of Neurosurgery」と賞賛されたりしていらっしゃいます。この4月から国立循環器病センターの総長になられましたが、いかがですか。PMDAに対する先生の要望もお聞きしたいと思います。PMDAのシステムには画一的な面もあるとは思いますが。

【編注】世界脳神経外科学会が4年に一度、脳神経外科学領域のアートとサイエンスの発展に寄与した医師1名を表彰する賞

■「無駄」にしないためのシステムが「無駄」を呼ぶ
橋本 わたしが国立循環器病センターに来てあらためて思ったのは、厚生労働省などから出ている研究費の使い心地が悪く、現場での数々の問題が研究費の運用システムをつくる側に理解されていないということですね。例えば、3年間の研究費で医療研究機器を買ったとします。でもその機器は3年間ぐらいでは壊れません。修理が必要になるのはその前に買ったものです。しかし、それが研究に必要な機械だったとしても、その研究費では修理できず、研究が大きく頓挫することさえあります。そういう当事者でないと分からないさまざまな不満があります。なぜ改善できないかというと、研究費の仕組みをつくる側と運用する研究者の間にフィードバックのシステムがなく、現場での問題はそのまま据え置きとなってしまうからです。
 研究においては、中間結果が出たある段階で、研究の方向を変える必要性が出てくることがしばしばあります。むしろ想定外の中間結果が出て方向を変えるぐらいの場合の方が、素晴らしいものが生まれる可能性があります。しかし、現在の研究費の運用制度では途中で方向性を変えることはほとんどできません。すごいことになりそうだから方針転換したいと思っても、最初に提出した申請内容以外の機器は買えないとか、とても不合理です。もちろん、申請課題の目的と方法などが審査された結果、研究費は交付されるものですから、運用上コントロールは必要です。しかし、無駄を出さないためのシステムが壮大な無駄を呼びかねません。また、コントロールのシステムが大きな可能性の芽を摘む可能性があります。これらの事実も認識して今後の研究費の在り方を考える必要があると思っています。

近藤 研究は思わぬところで発見や発明が出てきます。そういうことを認める仕組みがあるといいのですが、今のシステムはあまりにも行政的で規制がきつ過ぎるところがありますね。

橋本 例えば、研究費では申請以外の備品を買ってはいけないと言われているので、優先度としては高くない消耗品を買わざるを得なくなることがあります。研究の推進に新たに機器が必要になっても、50万円の機器さえも買えない、仕方なく50万円分のディスクを買わざるを得ないなどという話を聞きます。実にもったいないことです。

近藤 現実に起こっている無駄ですね。

橋本 国立循環器病センターでは、循環器疾患の臨床と基礎研究の両方が行われています。大学のようなベーシックサイエンスでなく、臨床に近い研究をやるべきだし、できる環境があります。第一線で行われている臨床と研究をお互いにフィードバックしていくのも、ナショナルセンターに与えられた使命だと思っています。ただ、皆あまりに余裕がなくて、そうしたいと思いながらもできていません。臨床医は患者さんを診る以外に膨大な書類作成や本来の医師業務以外の作業で忙しく、研究者も申請書類や研究報告書、研究費使用関係の書類などの雑多な事務作業が多く、自分自身の臨床や研究に忙殺され、いわゆる「橋渡し研究」に手が回らない現状があります。
 特にナショナルセンターは国立大学に比べても書類が多く、申請手続きなどが煩雑で大変です。事実、わたしがここに来るための新幹線の切符も、下車時に「無効印」を駅員に押してもらい、業務内容の報告書と共に提出する必要があるほどです。一事が万事そうで、それだけで医師、研究者の疲労困憊(こんぱい)の原因の一つになっていると思います。医者が医者として、研究者が研究者として仕事できる環境に少しでも近づけるよう、できる改善から少しずつ進めています。

近藤 日本はさまざまな面で恵まれている状態にあるのに、もったいないですね。飽食の時代に“メタボ”になっているようなものです。循環器病センターでは機器開発もされていますが、そこはいかがですか。

橋本 医療機器を早く承認していけるようにすることの必要性を痛切に感じています。医薬品と医療機器の最大の違いは、医薬品は完成したものについて、「安全性」と「有効性」が証明されて使ってよいとなるものですが、医療機器は普段われわれが現場で使う必要があるものなので、そもそも「有効」であることが前提です。注射針が薬液を注入するのに有効かどうかなんておかしい話で、それよりも体に触れて大丈夫かといった「安全性」に大きなウエートを置いて迅速な審査をしていただきたいと思います。そのためには一般健康器具と異なり、医療機器は本来必要だから開発されたものだという基本的な共通認識が必要です。また、医療機器のマイナーチェンジに関して、その都度申請・認可しないといけないのであれば、これが機器開発と臨床使用のリミッティングファクターになってしまいます。例えば、血管内デバイスの進歩は速いので、審査を始めて安全性のデータが出るころにはもう新しいものができていたりします。新しいものを承認申請となると、いつになっても市販化されません。どこまでをマイナーチェンジというかも考えていただければと思います。
 
近藤 この辺は大事なことです。わたしも使う側にいましたが、使う人によって上手に使う人もいれば、下手な人もいる。下手な人を前提とした「有効性」の審査じゃ困るんですよね。マイナーチェンジに関しては業界と話をしながら少しずつ広げていこうとしています。日本の技術を高めるためにも、もっと判断力を高めて審査スピードを上げていかないといけませんね。

■「木を見て森を見ず」の規制は全体のロスに
近藤 その規制という部分なのですが、昨年4月に「東アジアレギュラトリーシンポジウム」というものが東京であって、その冒頭にあいさつをしました。その時に「PMDAは規制当局なんだな」としみじみ思いましたね。もともと米食品医薬品局(FDA)は、欧州から米国に怪しげな薬がどんどん入ってきたので、それを水際でブロックするためにできたそうです。日本人に毒入りギョーザを食べさせちゃいけない、薬の安全でもそう。規制というのは、あらゆる領域で日本国民をどう守るかというもので、団体や組織の利権を守るものではない。規制緩和はその目的に沿って不必要なものを外すのであって、一部の特権階級を守るものではない。自分にその感覚が意外になかったし、社会の中で理解されていないと思います。

橋本 マスコミの影響も大きいと思います。例えば「こんにゃくゼリー」。あれを喉に詰まらせて亡くなった方がいて、マスコミがセンセーショナルに取り上げて、一時製造・販売が中止されました。でも、もちを喉に詰まらせて亡くなる方は年間1000人以上いるんですよね。確かにサイズや硬さなどの問題はあったでしょうが、それ以上にもちを詰まらせて亡くなる方の方が多く、家の中で転倒して亡くなる人だっている。全体のリスクを見通した、「ゼリーだけでなく、もちなどもっと危ないものある。もっと気を付けて」というアピールも要るでしょう。一部の特殊なケースが騒がれて、細かい部分に規制を作ってよしとしてしまうことが、全体のリスクを下げているかというと、必ずしもそうでない。ワクチンなんかもそうだと思いますが、ある事例がセンセーショナルに報道されて、基本的なところにある膨大なメリットが先送りされてしまうということがあります。機器開発においても同様で、過剰反応で機器開発が遅れると全体として大きな損失を招くことになります。非常に慎重な判断はもちろん必要ですが。

近藤 判断のコモンセンスということですね。筋を通した判断が必要です。ささいなことで社会がひずんでしまうことがありますから。

■アカデミズムの影響力を
橋本 話は変わりますが、医療機器開発に関する面白い話があります。脳卒中の急性期医療に使われるt-PA(血栓溶解薬)がありますが、それが出る前に岩手医科大の小川彰先生(学長)が、MELT Study(超急性期脳梗塞に対する局所線溶療法の効果に関する多施設共同ランダム化比較試験)を始められました。初期の脳虚血変化はCT上、early CT signの出現の有無で判断します。研究グループはCT画像の質にばらつきがないか、全国の研究参加施設のCT画像を集めてチェックしたそうです。そうするとほぼ半分の施設のCTの画質が不良で、初期虚血変化を診断できるものではなかったそうです。このころ普及し始めていた最先端のマルチスライスCTでは、薄く早く撮ることを重視していたため、画質が置き去りにされていることを使用する当事者自体が理解できていなかった。一見きれいな画像が重要な判断、すなわち診断をするのに堪えられるものではなかったということです。このことを明らかにした岩手医科大放射線科の佐々木真理医師らが、さらに話を展開しました。他施設スタディーをするときには、診断機器の標準化が必要です。しかし、医療機器を売る側からすれば、セールスポイントは「うちのは他と違う」という差別化です。MRIは機種に加えて撮り方が多種多様です。佐々木医師らのグループは、それでは本当の多施設共同研究はできないと、MRIなどの撮像標準化の必要性をメーカーに訴えたのです。その結果、メーカーは自社の診断機器が標準化対応モデルであることをセールスポイントにするようになりました。研究者がメーカーの視点・方針を変えさせた、という非常に意味のあるアクションであったと思います。

近藤 それは素晴らしい話です。まさにアカデミズムがすべきことで、ほかのことにも応用できます。今の学会は見えにくいですよね。例えば、薬害など現実にいろんな問題が起こったとき、責められるのは厚労省、PMDAや製薬会社です。アカデミズムも判断基準には大きくかかわっているはずなのに、何か起こると消えていなくなってしまう。学会はもっと責任を持って発言し、行動していただきたいと思います。学会はいいことを言っていますが、いまいち国民へのインパクトが弱い。コンセンサスの取り方が不十分だと思うのですが。今の脳神経外科学会は6000人ほどでしたかね?

■日本独自の脳神経外科医適正数を
橋本 そこも問題なのです。「脳神経外科とは何か」という定義をしっかりしない中で、数の議論がなされてきたことが問題です。6000人というのは現在までの専門医登録総人数で、アクティブな脳神経外科医は約3500人です。
 欧州の脳神経外科は専門医数を厳しく絞り、脳神経「外科」に特化するようになっています。かつて自分たちが行っていた脳血管造影は放射線科に譲り、その結果、血管内治療法は放射線科の領域になりました。欧米においては脳神経外科がカバーしていた範囲から、放射線診断と治療、神経外傷、腫瘍医学などを放棄し、手術に特化する方向を選びました。その結果、米国でも、心臓内科医が冠動脈ステント留置術の延長として、頸動脈ステント留置術を行っています。米国でステント術を行っている1万人の心臓内科医が生き残るため、頸動脈にまで進出するというのです。わたしが「心臓内科医や放射線科医が頸動脈ステントをしている最中に、患者が脳梗塞を起こしたらどうするのか」と聞くと、米国の脳神経外科医は「スマートな心臓内科医は優秀な脳神経外科医を友達に持っている」と答えましたよ(笑)。欧米の脳神経外科医療は、頭の中に物があれば取る、血管が狭ければ広げる、というスペシャリストの養成に主眼が置かれた結果、医療の断片化という危機に直面していると警告する米国の指導者もいます。チーム医療と全く逆の方向です。あるドイツの脳神経外科医は「ドイツは方向を間違えた」と言っていましたね。

近藤 日本の脳神経外科医の適正数は、日本独自の基準で考えるべきです。日本の脳神経外科医はかなりつぶしが利いていて、脳神経外科学の基礎研究やデバイス開発だけでなく、救急医療からリハビリまで抱え込んでいて、ドイツの正反対です(笑)。医療の発展に対する貢献は大きいので、良い環境をつくってもらえば、脳神経外科に限らず世界をリードできるポテンシャルはあります。

橋本 脳神経外科医の専門医制度は1967年につくられましたが、数を制限してこなかったということ、研究を重視してきたことが特徴です。例えば、世界的に有名な医学雑誌「JAMA」「New England Journal of Medicine」「LANCET」に掲載される日本人の論文の数は米国の2.2%という少なさですが、脳神経外科の雑誌「Neurosurgery」「Journal of Neurosurgery」になると、臨床、基礎研究共に日本からの論文が15-25%と多くなります。日本の脳神経外科手術のレベルの高さは、いろいろなレベルでの競争があるからだと思います。欧米では、ある種のギルドのメンバーになってしまえば、そこから技量の競争はないに等しいとさえ言えます。この中で若い人たちのキャリアパス、インセンティブをどのように構築していくかが大切だと思います。

近藤 競争が働く仕組みは必要ですね。

橋本 その中でPMDAの大学院連携構想はいいですね。わたしたちの研究の促進にもつながりますし、学位が取れます。また、脳神経外科学会の中に医薬品や医療機器開発から承認に至るプロセスやメカニズムを研究する専門家がいると、われわれの領域での研究開発の大きな力になります。優秀な頭脳を集めて、さらに進化したPMDAになってほしいですね。

近藤 PMDAを医師のキャリアパスの一つとして考えられるようにしています。ぜひ循環器病センターからも来ていただきたいです。研究所に帰って新しく機器を開発するときにも参考になると思います。脳神経外科医の場合、機器開発を経験した方がここに1、2年いて、学会で認可条件や機器開発などにこういうポイントがあるとか、発表していただけるといいですね。わたし自身もよく知らなかったぐらいで、PMDAは学会の中での存在感が薄いです。学会もこの組織を活用してもらうといいのですが。

橋本 学会員も今までPMDAに対しては、研究や開発におけるバリアーという印象を持っていることを否定できないと思います。PMDAは相談できる相手というより、「NO」と言われる“壁”という印象の方が強いように思います。これからはバリアーと思わず、PMDAのシステムを積極的に利用すると、学会のためにもなりますね。

近藤 “壁”はまずいですね(笑)。PMDAの仕組みを紹介し、相談に乗るという仕組みはできると思います。内科方面は循環器とかで少しずつ始めていますが、脳神経外科に関してはちょっと手薄です。でも、学会に広げていくというのは大きなポテンシャルになるので、ぜひやっていきたいですね。

橋本 ぜひともよろしくお願いいたします。

【略歴】
橋本信夫氏
1973年 京大医学部卒業
93年 国立循環器病センター特殊病棟(脳血管外科)部長
97年 京大医学研究科教授
2005年 京大医学部附属病院副院長
08年 国立循環器病センター総長

近藤達也氏
1968年 東大医学部卒業
89年 国立病院医療センター脳神経外科医長
2003年 国立国際医療センター病院長
08年 独立行政法人医薬品医療機器総合機構理事長

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA