<オフィス>「だれでも」働きやすい環境って? まずは企業側の意志が大事

10月24日15時30分配信 毎日新聞

 だれもが働きやすいオフィスとはどういうところだろうか。障害のある人も多く働いている人材紹介・派遣会社「リクルートスタッフィング」(東京都八王子市)を見学し考えた。【浜田和子】

 京王線南大沢駅を降りると、丘陵地にもかかわらず段差の少ない街が広がっていた。徒歩5分ほどの国や市の施設が入るビルに同社は入居している。ビルエントランスには緩やかなスロープ。車の利用者は地下駐車場から雨にぬれずに出退社できる。建物内部はさらにバリアフリーが行き届き、廊下には手すりもつく。

 同社入り口の自動ドアを入ると、見通しがいいのに少し驚いた。引き戸タイプのキャビネットは人の背丈より低く、車椅子から手が届く。コピー機やファクスなどの端末も机の高さ。スイッチ部分と紙の排出部分を分離できる機種を導入した。「障害のあるなしにかかわらず、職場のみんなが使えるよう、高いところにものを置かないようにしている」と障がい雇用推進室の新行内(しんぎょうじ)美穂専任課長。机と机の間は2メートル。車椅子同士もすれ違える。フロア内には広々したトイレや、車椅子から上がって背中を伸ばせる台のある休憩室もある。

 同社スタッフサポートセンターの須貝浩美さん(25)は山形出身。4歳の時トラックにはねられ車椅子生活となった。大学卒業まで山形で暮らしたが、「地元にはこれほどまで整っている会社がなかった。すでに障害者の先輩が働き、職場の話が聞けたのも安心につながった」と新卒での就職・上京・一人暮らしを決めた。3年目となり責任を任される仕事も増え自信を深めている。

 元調理師で骨壊死(えし)を患いつえが必要な加藤宏之さん(41)は入社5年目。「この職場は段差がなく廊下にも手すりがついているのがありがたい」。発病で立ち仕事の調理師が続けられなくなり別の企業に転職したものの、階段があり結局脚を傷めてしまった。「私にとって、仕事の内容よりもまず、働き続けることができるオフィスであることが第一だった」。リクルートスタッフィングにはほかに、腎臓障害や精神障害の従業員もいる。それぞれが無理を重ねずにすむよう業務内容も考慮している。

 もちろん、ここまでオフィスを整備するには資金がかかる。国や公的機関の助成制度はあるものの、実際、持ち出しは少なくない。しかしいったん改造すれば不動産価値は上がる。新行内さんによれば、たとえ障害者向けの設備がなくても、フロア内が広い▽休憩室がある▽通路にものを置かない--などを実践することで、だれでも使いやすいオフィスにランクアップするという。さらに「弊社のソフト面にも注目してもらいたい」と付け加えた。体が不自由な人がものを落としてしまったら周囲の人が自然に拾う▽使いやすいオフィスにするために気軽に提案できる雰囲気がある--ことなどを挙げる。こちらも大いに参考になりそうだ。「キャビネット一つでも、買い替えの際にはユニバーサル製品を選ぶという強い意志を持つこと」と心構えもアドバイスしてくれた。

 厚生労働省によると全国の障害者総数は724万人、雇用施策の対象となる18歳以上65歳未満は325万人。このうち雇用されている身体障害者は36万9000人、知的障害者は11万4000人、精神障害者は1万3000人と推計されている。障害者雇用促進法では、民間企業や地方公共団体などは一定割合以上の障害者を雇用することを定めている。これを「法定雇用率」といい、民間企業(56人以上の規模)なら常用労働者数の1.8%以上の障害者を雇用しなくてはならない。しかし全国の実雇用率は1.55%(07年度)にとどまっている。

 この現状を打開しようと、障害者雇用の支援にのりだしたのが埼玉県。同県の実雇用数は1.46%(同)と全国平均すら下回っている。県は昨年、県内に本社を置く企業を対象に障害者雇用に関する意識調査を行い1479社から回答を得た。障害者を雇用していない企業にその理由を聞いたところ、「適当な仕事がない」と「どんな仕事に向いているか分からない」とを合わせ78%が障害者雇用への知識が不足していることがわかった。

 そこで県は、<ステップ1>企業に理解や関心を深めてもらう、<ステップ2>一定程度の理解がある企業に雇用の場をつくってもらう、<ステップ3>採用(可能)企業には就業支援や職場に定着するよう支援する--と段階別に対策を打ち出した。それぞれについて県が専門の機関・人材を取り入れたり、ハローワークや福祉部門などと連携を深めている。

 県就業支援課の落合正規主幹は「身体障害者は通勤や社内の移動などに不自由がないわけではないが、知的・精神障害者の場合、きちんと毎朝時間通りに出勤しあいさつさえできれば何とかなる」と背中を押す。たとえば作業をマニュアル化する▽単純作業にする--など企業側が配慮することでむしろ障害の特質を生かせる仕事もある。

 ただ、知的・精神障害者の場合、気持ちの揺れがあるため、突然出社しなくなったりするケースがままある。これを防ぐには「立地条件、社内設備、作業内容などを含め、個人個人に合った仕事をどう見つけられるかが鍵」。職場に定着すれば障害者への周囲の理解も進み、障害者自身も孤立せずにすむ。その職場で働く障害者の人数が増えればオフィス環境もさらに整備されるかもしれない。「最終的には企業が障害者をどの程度雇用したいのかという意欲・意志にかかっている面は否めない。障害者側も働きたいという強い気持ちを持ち続けてほしい」と力説する落合さん。期せずしてリクルートスタッフィングの新行内さんと同様の意見を聞いた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA